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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)4067号 判決 1978年7月13日

原告 井崎勇

原告 井崎二三子

右両名訴訟代理人弁護士 池添勇

被告 摂津市

右代表者市長 井上信也

右訴訟代理人弁護士 酒井圭次

被告 神安土地改良区

右代表者理事長 上田治

右訴訟代理人弁護士 山村恒年

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、申立

(原告ら)

1  被告らは各自、原告らに対し、各金一〇、〇〇〇、〇〇〇円宛及び内各金九、三五〇、〇〇〇円に対する昭和四九年一二月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

(被告ら)

主文同旨。

第二、当事者双方の主張

(請求原因)

一、訴外亡井崎勇次(昭和四四年九月一七日生)は、昭和四九年一二月一七日午後、摂津市正雀本町二丁目九番一四号先の通称夫婦塚農業用水路(以下本件用水路という)に設置された水門の暗渠部分(以下本件暗渠という)上部にその北側の道路から入り、本件暗渠の入口のゴミ取用スクリーン(以下本件スクリーンという)を伝って本件用水路の底部に降り、本件スクリーンの透間から本件暗渠の内部に入り、足をすべらして本件暗渠内部の水溜部分に転落し、溺死した。

二1(1) 本件用水路は、農業用水の確保を目的とした公の営造物であり、被告改良区が管理しているものである。

(2) 本件用水路の北側に沿った道路(以下本件道路という)は、被告市が管理する公の営造物である。

2(1) 本件用水路はほぼ東から西へ流れており、その南側には本件用水路に接して小川(排水路)が流れ、又本件用水路の北側には本件道路がある。

(2) 本件用水路は、本件事故現場附近で、南北に流れる正雀川の川底をくぐり抜け正雀川を横断している。

そのため本件用水路は、正雀川の手前から、八メートル以上も掘り下げられ本件暗渠となっており、本件用水路の開水路部分の水が涸れても、本件暗渠の内部では常時水深約八メートルの溜水状態となっている。そして本件暗渠の内部は、周囲がコンクリート造の平な壁で掴まるところがない。又人目のつかない場所でもある。そのため右水溜に転落すると死に至ることは確実である。

(3) 本件暗渠の入口には、本件スクリーンが設置されている。本件スクリーンは鉄製で格子状となっており、横枠が六二センチメートル、縦枠が二〇センチメートルの間隔をあけて製作されたものである。

(4) 本件暗渠の入口部分の前記小川との間には水門が設置され、その部分の本件暗渠の上部はコンクリート造で平坦な場所となっており、水門の上部約三メートルのところに水門操作用の器械がおかれ、そこへはハシゴが設置されている。

(5) 本件道路と本件用水路との境には、後記鉄柵部分を除いて高さ約九〇センチメートルのフェンスが設置されている。しかし本件暗渠の入口部分の本件道路との境の約五メートルの間は、鉄パイプを二段にした高さ約七〇センチメートルの鉄製の柵となっているが、その柵の鉄パイプの間隔は縦が三五センチメートル、横が一二〇センチメートルである。

(6) 本件用水路は、住宅街に沿って存在している。そして本件暗渠の入口部分の鉄柵は、幼児や子供でも乗り越え又はその透間をくぐり抜けることが容易であるから自由にその内側の本件暗渠の上部へ侵入しうる。又本件スクリーンも柔軟な肢体の子供は自由にその透間をくぐり抜けられ、本件暗渠の内部へ自由に侵入することができる。

そして渇水期には開水路部分の水が無くなり用水路の魚は前記本件暗渠内の溜水部分に集まることとなる。そのため本件用水路は子供達の遊び場となり、又本件暗渠の内部は子供達にとって魚採りのための魅力のある場所となり、魚がいなくとも子供達の好奇心や探険心をそそる場所となる。

(7) 右のとおり、本件暗渠の内部は、危険な状態であったから、事故防止のため、本件道路と本件用水路との境の前記鉄柵部分についても他と同様なフェンスを設ける等幼児や子供が本件道路から本件暗渠の上部に侵入しないような設備をととのえ、本件スクリーンも子供がくぐり抜けられないものにすべきであった。それにもかかわらず前記のとおり幼児や子供が自由に侵入しうるような鉄柵や本件スクリーンしか設置されていなかったことは、本件道路及び本件用水路の設置、管理に瑕疵があったものといわねばならない。

3 以上のように本件事故は、本件道路及び本件用水路の設置、管理の瑕疵に起因するものであるから、被告らは、国家賠償法二条一項により、原告らに対し、後記損害を賠償すべき責任がある。

三1  亡勇次の逸失利益

亡勇次は死亡当時満五才の健康な男子であったから、本件事故がなければ、一八才から六七才まで四九年間稼働し、その間毎年少くとも一八才の一般男子労働者の年間平均給与額金九三一、七〇〇円(昭和四九年度賃金センサスによる)と同額の収入を得ることができたところ、その収入の半額を同人の生活費として控除し、ホフマン式計算方式により年五分の割合による中間利息を控除して同人の死亡当時の逸失利益の現価を算出すると金八、三九六、四八〇円となる。

原告らは亡勇次の父母であるから、同人の死亡により右金額の各二分の一宛の損害賠償請求権を相続により取得した。

2  葬儀費用

原告らは、亡勇次の葬儀費用として金四〇〇、〇〇〇円(各金二〇〇、〇〇〇円宛)を支出した。

3  仏壇購入費

原告らは、亡勇次のため仏壇を購入し、その費用として金三〇〇、〇〇〇円(各金一五〇、〇〇〇円宛)を支出した。

4  慰藉料

原告らは、唯一人の子供である亡勇次に全ての希望、期待を託していたものであり、亡勇次の死亡により将来への希望を失ってしまった。

このような原告らの精神的苦痛を慰藉する額は各自につき金五、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

5  弁護士費用

原告らは、本件訴の提起及び追行を弁護士である本件原告ら訴訟代理人に委任し、着手金として金三〇〇、〇〇〇円(各金一五〇、〇〇〇円宛)を支払い、報酬として金一、〇〇〇、〇〇〇円(各金五〇〇、〇〇〇円宛)を支払わねばならない。

四、よって原告らは被告らに対し、弁護士費用各金六五〇、〇〇〇円とその他の損害の内各金九、三五〇、〇〇〇円との合計各金一〇、〇〇〇、〇〇〇円及び弁護士費用を除いた各金九、三五〇、〇〇〇円に対する本件不法行為後である昭和四九年一二月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告改良区の答弁)

一、請求原因一項のうち亡勇次の生年月日は認めるが、同項その余の事実は知らない。

二1  請求原因二項1(1)の事実は認める。

2(1)  同項2(1)は認める。

(2) 同項2(2)のうち、本件用水路が本件事故現場附近で、南北に流れる正雀川をくぐり抜けて正雀川を横断しており、そのため本件用水路が掘り下げられ本件暗渠となっていること、本件用水路の開水路部分の水が涸れても本件暗渠の内部では水溜状態となっていることは認めるが、その余は争う。

本件用水路の開水路部分の底から本件暗渠の底までは三・六メートルあり、非灌漑期(九月下旬から四月下旬まで)の開水路部分に水がなくなる時期の本件暗渠の内部の水深は二・五メートル程度である。本件暗渠の内部の北側の壁には、底より六〇センチメートル上部から上方に向い鉄筋を壁に埋め込んだ巾三〇センチメートルのステップが三〇センチメートル間隔で一五段取り付けてあり、非灌漑期にはステップが七、八段水上に現われ、仮に、本件暗渠内部の水中に転落してもステップに掴まることができる。

(3) 同項2(3)は認める。

本件スクリーンは、木材等大きな塵芥の流入の防止と危険防止のため設置されているものである。本件スクリーンは、厚さ四、五ミリメートル、巾(奥行)六センチメートルの鉄製枠を縦、横に組んで作られており枠の厚みを引けば、一コマの枠の透間は横巾が一九・五センチメートル、縦巾が六〇センチメートルである。そして水平に対し五五・五度の角度をもって斜に設置されている。したがって仮に子供が本件用水路に転落しても、本件スクリーンの枠に身体がつかえ本件暗渠の内部に入り込むことはなく、亡勇次のごとき満五才の子供であれば身体を横に向け、足から入り、すり抜けるようにして相当な工夫をしなければ、本件スクリーンをくぐり抜け本件暗渠の内部に入ることはできない。又本件スクリーンは灌漑用水を通さねばならないことから、枠の間隔を狭くすることは、枠に多量のゴミが付着して通水を阻害する結果となり適当ではない。さらに本件スクリーンの直下は開水路部分と同一の平面となっており、仮に本件スクリーンをくぐり抜けて中へ入ったとしても直ちに水中に転落することはない。

(4) 同項2(5)のうち鉄柵の鉄パイプの間隔を争い、その余は認める。

(5) 同項2(6)のうち、本件用水路が住宅地に沿って存在することは認めるが、その余は争う。

本件道路やその北側の住宅地内の道路は自動車の通行の少い安全な場所であり、原告ら宅と本件事故現場との間は直線距離にして約七〇〇メートルあるが、その間には八ヶ所の児童公園があり、子供らにとって魅力のある施設が整備されている。又本件用水路の南側には安威川が流れ、その川州は入江のように草地と水とが入りくみ魚がいる。他方本件用水路の底には板切やごみが散乱しており、本件スクリーンの枠は錆びてざらざらしており、大きな板切やごみが引っかかっており、遊ぶには余りにも汚ない。そのため子供達は主に前記児童公園で遊んでおり、又安威川の川州で遊んでいることもあるが、本件用水路や本件暗渠附近は子供の遊び場とはなっておらず、かつ子供らが遊んでいることもなかった。

(6) 同項2(7)は争う。

本件用水路は、前記のとおり通常備えるべき安全な設備を備えており、本件用水路の設置、管理について瑕疵はない。

3  同項3は争う。

三  請求原因三項のうち、原告らが亡勇次の父母であることは認めるがその余は争う。

(被告市の答弁)

一、請求原因一項のうち、亡勇次(昭和四四年九月一七日生)が死亡したことは認めるがその余は知らない。

二1  請求原因二項1(2)の事実は認める。

2(1)  同項2(1)は認める。

(2) 同項2(2)のうち、本件用水路が正雀川を横断していることは認め、その余は争う。

(3) 同項2(3)は認める。枠に厚みがあるので縦枠と縦枠との透間は一八センチメートル程度である。

(4) 同項2(5)のうち鉄柵の鉄パイプの間隔を争い、その余は認める。

(5) 同項2(6)、(7)は争う。

3  同項3は争う。

三  請求原因三項のうち、原告らが亡勇次の父母であることは認める。

(被告改良区の抗弁)

仮に本件用水路に何らかの瑕疵があったとしても、原告らには、亡勇次の親として亡勇次を監護し事故の発生を未然に防止すべき義務があったにもかかわらず、次のとおりこれを怠った過失があるから損害額の算定にあたってはこれを斟酌すべきである。

1  原告両名は、大衆酒場を経営し、朝は中央市場へ仕入れに行き、午後五時から同一二時まで営業しており、昼間に眠るという生活を送っていた。そのため、原告らは昼間は、亡勇次に数回小遣を与え、一人で遊ぶのを放置していた。

本件事故当日の昭和四九年一二月一七日も原告勇は、午前九時頃中央市場から帰宅し、親子三人で眠り、午前一一時頃、原告両名が起き、原告勇が亡勇次に金一〇〇円を与え、食事をとらせ遊びに出した。亡勇次は、日頃は、二、三回小遣を取りに帰っていたが、当日に限り姿を見せず、又原告勇は、同日午後二時頃、亡勇次らしい子供が安威川の堤防で一人で遊んでいるのを見かけたと他人から知らされた。しかるに原告らは、当日午後四時頃になり亡勇次のことが気になり探し始めるまでの間、亡勇次を放置していた。

2  又原告宅付近には、前記のとおり八ヶ所の児童公園があり、したがって原告らは、親として五才の子供である亡勇次に対し平常から、自宅より約七〇〇メートルも離れた、本件事故現場のような遠くて五才の子供にとっては危険な場所へ行かず、児童公園で遊ぶよう言い聞かせ、かつ監督しておくべきであった。しかるに原告らはこれらの監護義務を怠っていた。

(被告市の抗弁)

仮に被告市に何らかの責任があるとしても、亡勇次に重大な過失があり、かつ原告らに監護義務を怠った重大な過失があるので損害額の算定にあたってはこれを斟酌すべきである。

(抗弁に対する原告らの答弁)

被告らの抗弁は争う。

理由

一、《証拠省略》によれば、原告ら夫婦は、昭和四九年一二月一七日、子供の亡勇次が正午過ぎに遊びに出たまま帰宅しないことから午後三時頃より捜し始め、同日夕刻には警察へ捜索願を出し徹夜で捜したが発見できなかったこと、翌一八日午前九時頃に、前日の午後二時頃亡勇次らしい子供が一人で安威川の堤防で遊んでいたとの知らせを受け、原告勇らが本件事故現場のすぐ南側の安威川堤防へ行き捜していたところ、本件暗渠の入口部分付近の暗渠上部に亡勇次が持っていた菓子の袋が置いてあるのを発見し、原告勇は、亡勇次が本件用水路南側の排水路に転落したのではないかと思い警察へ連絡したこと、そして警察官らの到着と前後して消防車三台が現場へ到着し、消防車により本件暗渠の内部の溜水を吸い上げたところ、溜水の底から亡勇次の死体が発見されたことがそれぞれ認められる。右認定の事実によれば、亡勇次は昭和四九年一二月一七日午後本件暗渠の内部の溜水内で溺死したものと推認される。

そして後記の本件用水路、及び本件暗渠の構造、状況、附近の状況及び原告井崎勇本人尋問の結果により認められる亡勇次が五才の男児にしては身体が大きかった事実に照らせば、亡勇次が本件道路や本件暗渠上部から本件暗渠内部へ転落したものとはとうてい考えられず、原告主張の如く、本件道路から後記鉄柵をくぐるか或いは乗り越え本件暗渠の上部へ侵入し、そこから本件スクリーンを伝って本件用水路の底部へ降り、本件スクリーンの鉄枠の間をすり抜けて本件暗渠の内部へ入り、本件暗渠内部の水溜に転落したものと推認される。

二、1 請求原因二項1(1)の事実は原告らと被告改良区との間に争いがなく、同項1(2)の事実は原告らと被告市との間に争いがない。

2(1) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる(一部争いのない事実も含む)。

(イ)  本件用水路は、本件事故現場附近では、ほぼ東から西へ流れており、底部、両壁はいずれもコンクリート造で、両壁はほぼ垂直となっており、その巾は二・三六メートル、底までの深さは一・八四メートルである。本件用水路に接しその北側に幅員約五・五メートルの舗装された本件道路があり、その北側は住宅地となっている。本件用水路に接しその南側には、巾が本件用水路とほぼ同じ位の排水路があり、本件用水路と右排水路とは巾約二〇センチメートルのコンクリート造の壁で区切られている。右排水路の南側は、川巾約一五〇メートルの安威川の堤防となっている。

(ロ)  本件用水路は、本件事故現場附近で、南北に流れる正雀川をサイホン式でその川底をくぐり抜けて横断している。そのため本件用水路は正雀川の手前(東側)で約三・六メートル掘り下げられ本件暗渠となっている。したがって本件用水路の開水路部分の水が涸れても本件暗渠の内部は溜水状態となっている。本件暗渠の内部は周囲がコンクリート造の垂直な壁となっており、北側の壁には鉄筋の両端をコンクリート壁に埋め込んだステップがそれぞれ約三〇センチメートルの間隔を保って一五段取り付けてあり、開水路部分に水がなくなる非灌漑期には、右ステップが六、七段水上に現われる。

(ハ)  本件暗渠の入口には、流木等大きな塵芥の流入を防ぐためと危険防止のため、本件スクリーンが本件暗渠の入口の全面を覆う形で斜に取り付けてある。本件スクリーンは、枠として、厚さ約四・五ミリメートル巾約六センチメートルの鉄板を縦にして使い、格子状に縦横に組合わせて作られており、鉄枠と鉄枠との透間は、横が一九・五センチメートル、縦が上段で五七センチメートル、中段で六二センチメートル、下段で六五センチメートルである。又本件スクリーンの直下約一・五メートル巾の部分は開水路部分と同一の平面となっている。

(ニ)  本件暗渠の入口から約二・五メートルまでの部分の暗渠上部はコンクリート造のスラブとなっており、それと前記排水路との境には水門が設けられ、水門の上部には水門を操作する器械が置かれている。

(ホ)  本件用水路と本件道路との境には後記鉄柵部分を除いて高さ九五センチメートルのネットフェンスが設置されている。しかし本件暗渠の入口部分と本件道路との境の五・四メートルの間は、前記水門操作のため本件暗渠の上部へ出入しなければならないところから、鉄製パイプを二段にした高さ約六〇センチメートルの鉄柵となっている。そしてその鉄柵には、下段に二四センチメートル、上段に二五センチメートルの透間が存在する。

(ヘ)  本件用水路は毎年四月下旬から九月下旬までの灌漑期に通水され、その間は開水路部分の水深が約一メートルとなって水が流れているが、それ以外の時期は通水されず、開水路部分には水が無くなる。本件事故当時は通水されておらず、開水路部分に水は無かった。

(ト)  本件事故以外に本件用水路での転落その他の人身事故は発生していない。

原告らは、本件用水路が子供達の遊び場となっていた旨主張するところ、右主張にそう原告井崎勇の供述部分は伝聞であり、かつ《証拠省略》に照らしたやすく採用できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

(2) 国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、当該営造物が、その構造、用途、場所的環境等を考慮して、具体的に通常有すべき安全性を欠いていることをいうものと解する。

そこで本件につき検討するに、本件用水路及び本件道路の構造、位置関係等前記認定の事実によれば、本件道路から本件用水路の開水路部分への転落を防止し、本件暗渠部分については、暗渠上部から開水路部分への転落を妨げるため本件暗渠の入口附近へ人が近よるのを防ぎ、仮に通水中の開水路部分へ転落した場合でも転落した人が本件暗渠内部へ流れ込むのを防ぐ設備を備えれば足るものといわねばならない。そして前記認定の事実によれば、開水路部分と本件道路との境には高さ九五センチメートルのネットフェンスが設置されているのであるから、本件道路から本件用水路への転落防止のためにはそれをもって充分である。また、本件暗渠の入口部分と本件道路との境には前記認定のとおり高さ約六〇センチメートルの鉄柵が設置されていた。確かに前記認定の鉄柵の構造に照らせば、幼児や児童がこれを乗り越え或いはその透間をくぐり抜けることは可能であると考えられるけれども、その内側は本件暗渠の上部となり、鉄柵から内部へ侵入したとしても直ちに本件用水路へ転落する危険はなく、その構造に照らせば、既に多少の分別を有するに至っていたと考えられる亡勇次の如き満五才の幼児に対してもその内部に侵入することを制止する機能を有しているものと認められる。更に前記のとおり本件暗渠入口には本件スクリーンが取り付けられており、前記認定の本件スクリーンの構造に照らせば、たとえ幼児といえども本件スクリーン上に直接転落したり或いは水に流されてきた場合等には自然にこれをすり抜けることは不可能であり、亡勇次の如き満五才の幼児であっても、意識的に身体を横にし多少の工夫をしなければ、その鉄枠の透間をくぐり抜けることはできないものと考えられる。

以上のとおり本件においては、前記ネットフェンス、鉄柵、本件スクリーン等が設置され、それらは通常予測される危険を防止するためには何ら欠けるところはないものといわねばならない。確かに、時には幼児が、通常人の予測し得ない行動をとることがあることも考えられ、そして本件における満五才の幼児である亡勇次の如く、前記鉄柵を乗り越えるか或いはその透間をくぐり抜けるかして本件暗渠の上部に侵入し、次いでそこから本件スクリーンを伝って水の無い本件用水路の底部へ降り、更に本件スクリーンの鉄枠の透間をくぐり抜けて本件暗渠の内部へ侵入した行動は、通常人の予測し得ない異常な行動であるといわねばならない。しかるところ、このような異常な行動までも予測して、それより生ずるであろう危険を防ぐための万全の処置を講じておかなければ当該営造物の設置、管理に瑕疵があるといわなければならないものとは到底解し得ない。

以上によれば、本件事故は本件道路、或いは本件用水路の設置又は管理に瑕疵が存したことによるものということはできない。

三、よって原告らの本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荻田健治郎 裁判官 寺崎次郎 近藤壽邦)

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